合成洗剤を使う人が多いのは、圧倒的な宣伝力と便利さによるものです。
合成シャンプーが発売された時期と重なりますが、テレビが普及し始めた1650年代の半ば、評論家の大宅壮一氏は、「一億総白痴化」という言葉で、テレビが人間の思考力や想像力を低下させる、と警鐘を鳴らしました。
商品の認知率を一気に高めることができるテレビコマーシャルによって、合成シャンプーは、広告収入で成立している現在のメディアの経営形態に乗じて購買行動に圧倒的な優位さを持っています。
また、ネット広告は、テレビコマーシャルに匹敵するほど成長を続けていますが、大手広告主が従来のメディアからインターネットへとシフトさせつつあります。
ネット広告の成長に比例して生活者を欺くような広告も増えており、それは特に基礎化粧品やコンプレックス系の化粧品(シミケア商品、スカルプシャンプーなど)の宣伝に顕著にみられます。
アフィリエイトなど成功報酬型広告は、あたかも記事のように見せかけて消費者に宣伝とは気づかせず、不正確な表現などお構いなしで購買を煽るなど、その手口は益々巧妙になっています。
そして、大宅壮一氏の指摘通り、消費者の思考力の低下も相まって、シャンプーの本来の役割が大きく歪んでいます。
すなわち、シャンプーの目的が髪や頭皮をきれいに洗う、というシンプルな作業から、コンディショナーやトリートメントを塗りたくるケアに変わってしまい、人間が本来持っている頭皮や髪をきれいにする自浄作用が阻害されています。
また、世界でも日本人だけの「毎日シャンプー」もテレビコマーシャルの影響によるものですが、必要以上のシャンプーは、頭皮に必要な油分が洗い流されてしまい、抜け毛や薄毛などの髪のトラブルの原因を作り出しています。
「昔は1ヶ月に2回だけ!?シャンプー、洗髪の歴史について調べてみました!」

「便利さ」は人間に本来備わっている感覚や動作を衰えさせるという側面もあり、実際に雑巾やタオルを絞れない、靴のひもを結べない子どもが増えるなど、現代人の身体を操作する能力の低下が問題になってきています。
若い世代ほど急須でお茶を飲む機会が無くなっていると言われていますが、市販の飲料の「コンビニエンス(便利)」によって、お茶の歴史や文化が失われていくのです。
地球温暖化の影響が深刻になっている今日、洗剤は何時でも手に入る、洗濯は洗濯機がするもの、と思っているとすれば能天気すぎるでしょう。
純石けん分のみでできているシンプルな石けんは、一つあれば、顔、身体、髪、髭剃り、食器、鍋、衣類、履物など何にでも使えます。
その石けんの汎用性は、有事の備えにもなり、また、石けんを上手に使いこなすことは生きる力に繋がります。